Guinga & Mônica Salmaso Quarteto in Osaka

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『ブラジルの至宝』と呼ばれる二人のミュージシャン、ギンガとモニカ(文中敬称略)のライブをビルボード大阪で観たのは、今月8日。
これを書くのにこれだけ時間が開いてしまったのは、あまりにも素晴らしく美しい音楽を目の当たりにしたので、すぐに言葉にはできなかったからだ。

そもそも音楽は、言葉や絵などに変換、可視化できないことを内包し、表現するものだから、当然こういった文章にはし難いし、言葉にした時点でその輝きを失ってしまうことが往々にしてある。
ただ、言葉にして初めて分かることもあるので、既に2週間以上経った今だが、あえて書いてみる。

まずは、今回の来日メンバー。
Guinga(ギンガ | Guitar & Vocal)
Mônica Salmaso(モニカ・サウマーゾ | Vocal, Percussion)
Teco Cardoso(テコ・カルドーゾ | Soprano Sax, Flute, etc.)
Nailor Proveta(ナイロール・プロヴェッタ | Clarinet, Soprano Sax)

ギンガとモニカの来歴はこちらの記事を参照ください。
https://tabi-labo.com/290464/saigenji-1

最初に直球な感想を書いてしまうが、期待値が異常に高かったこのライブだが、それを全く裏切るどころか、想像を遥かに超える素晴らしいライブだった。

ワクワクして登場を待ち、彼らの準備ができた刹那、息を詰める。

ギンガがイントロを弾き、そしてモニカの第1声が空間に放たれた瞬間、ゾワっと電気のようなものが走り、その後は食い入るようにステージ上の演奏家たちを見つめ、わずかな音も聞き漏らさないように耳をそばだてて、気付いたらアンコールを含めた90分間のライブが終わっていた。
あっという間だった。

若い頃からブラジル音楽が好きで結構聴いていたし、いろんなアーティストのコンサートにも行ったが、そのどれとも違う気配と景色を持った音楽。

この卓越した4人のミュージシャンは、音楽への集中を絶やさず、ひたすらじっくりと必要な音だけを選びとって演奏していた。
ライブは観るものだが、音楽の場合、一番重要なのはやはり音で、それが素晴らしければ素晴らしいほど、他の要素は不必要になるか、下手をすると邪魔になる。

彼らは、観客へのサービス的なパフォーマンスは一切せず、いや、ほんの少しテコがパフォーマンスに気を使っていた一瞬があるが、それとて奏でている楽器の特質上必然的に付随する類の所作で、決して饒舌な『パフォーマンス』ではなかったし、もちろん音を邪魔することは全くなかった。

『これが音楽のライブだ!』そう思わせてくれるライブには、そうそうお目にかかれない。
舞台装置や照明が発達した今、目からの情報で圧倒させるステージがほとんどだ。
ただただ、ステージに乗っている演奏家の音を聴いていれば、それだけでどんな舞台装置や照明より素晴らしい光景、景色を見せてくれるのが素晴らしいミュージシャンだ。

鳥の羽ばたきと囀り、大河の流れる音、星の煌めき、陽光が燦々と降り注ぐ雲ひとつない空…
数え上げればきりがないほどの、様々な風景や実際には鳴っていない筈の音が見え聞こえて来た。

眼前で繰り広げられるステージは圧巻の一言で、自分が理想とするこのステージ、この時間が終わって欲しくない!とずっと思いながら必死に聴いていた。

ギンガのギターや作曲、その独特のサウンドは、自然と彼が求める和声を探した結果に過ぎないので、コードやメロディが思いがけない進行をし、内声が微妙に動いても、聴こえてくる音はとても自然で美しい。
ギタリストは和音を奏でるのに、とかくコードフォームに縛られてしまうが、作曲家であるギンガのギターにはそれが感じられない。
特にアコースティックギターの妙味として、開放弦の響きや、変則チューニングがあるが、私の周囲にそういった演奏をする人がギタリストにもシンガーソングライターにもいて、ハーモニーの雰囲気や音のぶつけ具合に既視感(既聴感か)があったり、あるいは武満徹の作曲やアレンジしたビートルズの曲だったりに近い響きの瞬間を感じたりと、初めて聴く曲がほとんどだったが、耳に対する違和感は全然なく、とても心地よく脳髄に沁み入るサウンド。
とは言え、やはりブラジルの伝統的な音楽と、作曲的にはアントニオ・カルロス・ジョビンからの影響も強く感じた。
不協和音や意外な転調というのは、音楽を聴く時に最重要なことではないのだが、現代ブラジル音楽界随一の作曲家と言われるギンガの楽曲やギターは、噂に違わずどれもこれもオリジナリティに溢れクリエイティブで美しいものだった。

このクアルテートの中心に在って、常に光を放ちながら、楽曲の髄を捉えて、まるでベースラインのように音楽全体を引っ張り、進むべき方向を指し示していたのが、他ならぬボーカルのモニカだった。
パンフレットに、モニカの言葉「私は伴奏するような気持ちで、ステージに一緒に立っていた。歌というのは、そういうものだと思っている」が書いてあり、開演までの時間にそれを読んだ私は「それは私にとって理想的な歌」だと思っていたが、モニカはそれ以上だった。
神秘的、深遠、と評される彼女の歌は、ピッチ、リズム、発声、言葉、そのどれもがパーフェクトに、そこに在るべき形で歌われる。
言葉にするとシンプルだが、そんなボーカリストにはそうそうお目にかかることができない。
ギンガは彼女の声を守り神と表現している。
『自分の音楽を神聖にしてくれて悪いものを寄せ付けないようにしてくれる』

モニカがフロントでありながら全体を包み込んでいるのと同様に、管楽器の二人もバッキングでありつつモニカの声と同化してフロントとなり、ある時はユニゾン、ある時は織り成すハーモニーが3つの声のように唄い、あるいは4つ目の声すら聴こえてくる瞬間があった。
天に向かって放たれた音が反響してキラキラとした何かを降らせる瞬間もあった。
あるいは深淵から、静かに響いてくる蠢きもあった。

ナイロールを観ていて、演奏やその吹いている姿が、日本一のソプラノサックス奏者だと私が思っている塩谷博之さんとダブる瞬間が幾度かあった。

ギンガも含めた4人のユニゾンやハーモニーも素晴らしかったのは、もちろんだ。
4人が、コンボになったり、オーケストラになったり、弦楽四重奏団になったり、ビッグバンドになったりと、様々に変態するのも、この日の醍醐味だった。

とにかく、このクアルテートのメンバーは音楽が第一義で、自己をひけらかせたりすることがないのに、それぞれ個性的で独創的で、終始創造性豊かな音楽そのものを演奏し、演奏する喜び、聴く喜び、音楽の時間を共有させてくれた。
本当に行って良かった。
いやこれは絶対に外してはいけないコンサートだったと、3週間が経とうとしているが、確信を持って言える。

ギンガさん、モニカさん、テコさん、ナイロールさん、そして主催のギンガ&モニカ・サウマーゾ来日ツアー実行委員会の皆さんに感謝したいのと、ツアー後、行われたレコーディングによるクアルテートのアルバムの完成と発売を心待ちにしています。

終演後、ブラジリアンのお二人、ギタリスト山口良夫さんと、久しぶりにお会いしたベーシストの岩田晶さんと記念撮影。
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